『サラサラサラ…』
(──?)
『サラサラサラ…』
(川の…音?)
美柑はパチリと目を開けた。
「あれ?」
瞳に映るのは、闇。──いや、違う。
目が慣れてくると、サアアアァーと風に棚引く草の姿が確認できる。
草原。
空を見上げると満天の星々が目に飛び込んでくる。
月は出ていない。けれど星明かりが草を優しく…淡く照らしてくれている。
月の代わりに。見事な『星月夜』。
『キィ…』
目線を移す。
「川…?」
サラサラと耳に届いていたのは、少し先にある細長い小さな川に流れる水の音。
「………」
美柑は足を前に出し、川の方へと歩いていった。
「船…」
川に浮かんでいたのは、一層のボート。
けれど、形が……
「お月様みたい…」
まるで三日月を象った様な。
星明りで薄紫色に反射する、透明な船。
「………」
美柑の足が、ついと前に動く。
キシィと大きく傾き、揺れる船。
『パシャン』
揺れる水面。
『キィ…キイ……』
船はそのまま──美柑を乗せたまま、水面を下っていった。
もう、どれくらい乗っているのだろう。
随分、時間が経った気がする………
それに。
何だか川を下っていると言うより、昇っている様な感覚。
美柑は、ひょいっと船から身を乗り出した。
「わあっ…!」
途端、美柑の口からあがったのは、驚きの歓声。
水……
船の底にある筈の水が無い。
瞳に映るのは、空を見上げたときと同じ。
満天の星たち。
美柑は、すっと腕を伸ばした。
「冷た…い」
手に触れた感触は、確かに水のもの。微かだが…煌き、瞬くように星々が瞬間、視界を揺らす。
そう…確かにここは川で、自分は水面を船と一緒に滑っている。だけど。
顔を上げ、周囲に視線を巡らせば、どこまでも続く星たち。草は、いつのまにかその姿を掻き消してしまっている。
それに。やっぱり上に昇っている感覚。まるで、夜空の天の川を、この『月の船』で駆け上っていっている様な……
「──?」
と、目に飛び込んだ、淡い…ブルーの光。
「あれは…?」
遠方にあるそれを、目を凝らして見る。
船が進むにつれ、段々と大きく…ハッキリしていく象。
「!!」
船が、止まる。
「…え……」
美柑の目が大きく見開く。
視界の先にあるもの……それは。
「扉…?」
無数の星座が煌くその先に。開かれた扉。
そして、更にその先にあるのは………
「地球…?」
美柑の口からポツリと零れ落ちた言葉が、
『シャラン…』と音を立てて星の水面に落ちる。
「──!?」
不意に。
目線を手元に移した美柑の顔がハッと。
異変に気づいた色に変わった。
「光ってる……」
周囲の星の光を集めたように。
淡く…
キラキラと光り輝いている、『月の船』。
「あ…!」
再び、何かを思い出したように、美柑の口から上がった声。
(まさか──)
これは……
(『星の方舟』……?)
だとしたら……
美柑は顔を前方へと戻した。
(あれは…)
まさか──
(『天星小輪(スターフェリー)』……?)
目の前にあるものが、もし本当にそうだとしたら……
「──っ!」
美柑の意思に呼応するように、船が動き出す。
目指すは、あの扉。
この船が本当に『星の方舟』で。あの扉が『天星小輪』だとしたら。
(そしたら……)
多分。きっと。
船のスピードが増していく。
『星の方舟よ』
それは、小さな頃に何処かで見た本。
『どうか私を』
なぜか…頭から離れなかった台詞。
理由なんて分からない。
けれど…
この船が本当に『星の方舟』で。
あの扉が『天星小輪』だとしたら。
『未来へ連れてって…!!』
願う様に心の中で言い放った、最後の『呪文』。
同時に更に船のスピードが増し、目の前の扉へ一直線に進んでいく。
…だけど。
『ガクン』
美柑の身体を襲った衝撃。
「ほえ!?」
ぐらり…と視界が揺れ、そのまま身体が船の外に放り出される。
スピードが増したため、扉の前にある星座の一つに、
避けきれずにぶつかってしまったのだ。
堕・ち・る───…
咄嗟に腕を伸ばしたけれど、手は空しく空を掴み、美柑の身体は星の海の中に落ちていく。
(…え?)
その刻、チラリと扉の向こうに見えた影。
よくは看えなかったけれど…
(わたし…?)
少し成長した自分が倖せそうに微笑んでいた。
そして、その隣にいた、微笑を携えていた優しそうな人。
あの、人…あの人は……
そう、知っている。同じように成長していたけれど…多分。
(リト……?)
もう、一人。
わたしとリトが笑顔を向けていた、小さな影。
あれは……あれは、もしかして。
(まさか……)
わたし達の、あ───…
―――――――――
ふわっ…と柔らかな風に揺れたカーテン。
パラリ、と机の上に置かれてあった1冊の本のページが1枚、捲られる。
それは、美柑が寝る直前まで読んでいた、ザビビの支配者・嵐山から貸してもらった本。
まだ途中だが…どうにも瞼が重くなってきてしまったので、
残りは明日読もうと、そのまま──ページを開いたまま、
ベッドへと潜り込んでしまったのだ。
本の中で目を引いた台詞の一部を思い出しながら…目を閉じる。
それは、まるで『呪文』のような言葉で……
(もし…未来が覗けるのなら)
確かめてみたいことがあるな、と思いを馳せつつ……
すうっと。
美柑は意識を手放した。
カーテンの隙間から差し込む星明りが、美柑を優しく照らす中………